ミニ論文集

     

日 本 の 農 業 政 策 を 考 え る

〜基本問題調査会の答申についての考察〜


高 橋 裕 明


 政府の「食料・農業・農村基本問題調査会」は1998年9月、新しい農業基本法制定にむけた最終答申をまとめた。政策の目標として、(1)食料の安定的な供給を確保し、国内農業の食料供給力を強化する (2)農業・農村が持つ多面的機能を十分に発揮する (3)地域農業の発展の可能性を追求・実現し、全体としての国内農業の力を最大限に発揮する の3点を掲げている。
本稿では、これら3点について考察を加えるとともに、新しい農業政策のあり方について意見を述べてみたい。

(1) 食料供給力の確保は国民理解と草の根運動で

 まず重要な論点である国内農業の位置づけに関し、政府は、限られた農地や担い手の制約などの事情を背景に、国民が必要とする食料の安定供給には、国内農業生産と輸入・備蓄との適切な組み合わせが不可欠であるとの立場を取っている。答申は、この点を考慮しつつ「農業構造の変革等による生産性の向上を図っていくことを前提に、国内農業生産を基本に位置づけて、可能な限りその維持・拡大を図るべきだ。」と提言している。しかし、このような曖昧な見解は、日本農業の位置づけを弱くし、食料供給力の低下と将来の不安要因を高めることとなるので賛成できない。
 現に我が国の食料自給率は、国民の食生活の変化とともに減少傾向が継続し、我が国は世界最大の食料純輸入国となっている。いわば、経済力を背景に世界中から食料を買いあさって消費者の需要に応えている状況である。特に、穀物自給率は1965年63%から1992年29%と激減し、また、耕地利用率も1965年600万haから1996年503万haに減少しており、国内の食料供給構造が極めて脆弱になっていることを示している。これに加えて、今後予想される発展途上国の食料需要の増加、農用地の面的拡大の制約や環境問題の顕在化などの要因が明らかになっていることを考慮すれば、世界の食料需給が今後不安定化することは避けられない。こうした国際的情勢からも、国内農業生産を可能な限り維持・拡大していくことは政府の重大な使命である。また、国内食料供給力の拡大は、大量の農産物輸送にかかるコストとエネルギーを軽減できるし、長期間の保存の必要がなくなれば、ポストハーベストの薬品処理も必要なくすることができるはずである。
 とはいっても、食料自給率の向上については、生産面だけでなく国民の食生活様式にも大きく左右されるため、まず国民全体の十分な理解を得る必要があり、食料政策の方向や内容を公開し、国民の合意形成によって国内生産の拡大を進める必要があると考える。また、それは単なる机上の論議に終わらせることなく、具体的な実践行動を伴う形で提起されることが必要である。難題で形骸化された食料の自給論議を実のある行動に移していくには、各人が責任を持ってこの問題に取り組んでいくきっかけをつくることが重要である。たとえば、その地域で採れたものをその地域の人が食べるという「地産地消」は、実践を通じて食料の自給確保・達成に貢献し、もしくは論議を広げていくことができるのではないか。これら食料自給は、決して政府段階だけでの取り組みで済むというものではなく、地域段階でのいわば「草の根運動」による展開が湧き起こって実現可能となるのではないかと考える。

(2)農業・農村の多面的機能を守り育てる運動を

 答申では、農業・農村は食料生産という機能以外にも、国土・自然環境の保全などの多面的機能を有しており、これらの機能が適切に発揮されるためにも国内農業生産が適切に維持されること
が必要であるとしている。その背景として答申は、人々が「ものの豊かさ」から「心の豊かさ」を求めるようになり、また、生活のうるおいとやすらぎを、さらに、健康指向の高まりの中で、安全性や環境問題を意識するようになり、改めて農業や農村を見直し始めたことを挙げている。
 農業・農村がもつ多面的機能を重視する答申の考えには、私も全面的に賛成である。ここでいう多面的機能とは、内部経済効果として、農業が本来的に持っている「農産物生産機能」、生産資材・加工・流通・サービス業などの産業を誘発する「関連産業誘発機能」があり、外部経済効果として、洪水防止などの「国土保全機能」、美しい農村風景などの「アメニティ機能」、自然教育などの「教育文化機能」といったものがあると考えられる。ちなみに、北海道の農業・農村が有するこうした多面的機能を一定の評価方法により金額にして表わせば、実に年間当たり3兆2,944億円になるという試算もある。
 ともあれ、農業・農村には実に多くの機能があり、しかも、それは農業が自然の生態系をうまく活用した非常に合理的な産業だからであるといえる。食糧問題や環境問題が将来ますます重要となっていくなか、こうした農業・農村の機能というものを消費者と農業者が認識を新たにして、多面的機能を貴重な財産として守り育てる運動を展開していくべきと考える。

(3)地域農業の発展は地産地消で

 答申では、目標達成のために地域農業の発展の可能性を多様な施策や努力によって追求・現実化し、総体として我が国の農業の力を最大限に発揮することが重要としている。この点は、私も基本的に賛成であるが、そのための手法として「地産地消」を強調したい。
 今、まさに、地域と農業の見直しが重要であり、限りない地域への愛着と広がる協働の輪による地域発展の願い、環境保全への思いが高まっている。近年、大都市部では、事業所用地化、宅地化などによって急速に自然が失われ、農村部では、人口の流出に伴って過疎化が進み、また、厳しい農業情勢の下、地域農業はますます衰退してきた。そうした地域を「農」の再興・発展を基軸につくりあげようとする思い・運動が「地産地消」といえる。生産者と消費者とが顔の見える、心の触れ合える関係を求め、新鮮で美味しく、旬の香りいっぱいの農産物を供給・購入して「くらしといのち」の基本に関わる安全と安心を確保したいと願っている。「地産地消」は農家に大いにやる気を起こさせ、農薬や食品添加物に汚染されない食料をつくり、受動的な生産者・消費者を能動的で主体的な生産者・消費者に成長させてきた。地域における農と食と自然の調和が、かけがいのない食料・農業を守り、地域社会と地域環境を育み、そして、子孫に新鮮で美味しく安全な食料供給(農業)を伝えていくためにも、「心と心の触れ合う地域産愛用」「生産者と消費者が手を携えて」すなわち「地産地消」運動をすすめていくべきと考える。

(4)農業と環境などの横断的価値管理の実現を

 答申では特に触れられていないが、今後の農業政策は、環境など多面的・横断的価値を実現する政策との協調ないし一体化が不可欠であると考える。
 20世紀の文明は、人口と経済の急成長を特徴とする。やがて枯渇してしまう鉱物、化学燃料などの資源に依存しながら、大量生産・大量消費・大量廃棄の上に繁栄した工業文明であり、自然の循環や再生を重視せず機能性・経済性・効率性の追求を最優先してきた。その結果、めざましい発展があった反面、次第に地球資源が有限であることが認識されるようになり、現在では資源の循環に基づいた持続的な社会の在り方が模索されるようになってきた。また、我が国の価値観の変化として、欧米諸国へのキャッチアップ過程が終わり、自らの手で社会の在り方を模索していかなければならない新段階に入っている。その中で、従来の経済効率性一辺倒の考え方や行政体制の縦割り
 体制、全国画一統制による様々な歪みが出ていることが認識されるようになり、物の豊かさとともに心の豊かさを求め、充ち足りた生活や文化・環境を優先するという価値観が広く一般に受け入れられつつある。
近年、直接または間接に環境保全を目的とした政策の数が著しく増えている。しかし、これらの政策は少なからず既存の経済優先、価格支持政策の延長にあるようだ。農業においても、持続的農業の考え方によって関心が高まるなか、各省庁によるバラバラ政策から政策の一体化を目指すことは重要かつ緊急の課題といえる。このように新しい時代の政策は、新たな価値の創造を基礎としなければならず、従来型の単一事業の積み上げや個別縦割事業投資では対応することができない。環境・景観・文化・福祉・安全などの横断的価値管理による新しい政策スタイル、政策の一体化がより求められる。
 具体的には、政策一体化のための組織やシステムをどうやって創り上げていくか。そして、政策過程における行政と住民・企業との議論の場の確保が重要となるのではないか。第1に、組織間での予算価値による獲得合戦を繰り広げるのではなく、政策実現のための施策の立案を効果効率の最大化という視点で共同実施したらどうか。たとえば、農村農家における環境保全機能の向上に対する取り組みについて農家補償をすすめるなど、環境と農業の政策一体化による横断的価値管理が必要である。第2に、いわゆるアカウンタビリティの強化を挙げたい。政策は行政内部でいくら自己評価しても独善に陥る危険性を持っているからである。そもそも行政が住民の信託の上に成り立っていると考えるならば、行政の独善を回避し、住民が納得できる行政執行を可能にするために、住民への情報提供と十分な説明の場、さらには、議論の場が必要と考える。このことは、各組織に横断的視点を導入し政策の一体化をすすめる好機となることが期待できるのではないか。
 このように今後の農業政策を国民の手に近づけ、また、そのプロセスを不可欠とする行政運営が必要と考える (99年1月)

表1 北海道農業・農村の多面的機能の年間評価額
区分    機      能    効    果 評 価手 法 評価額(億円)
内部経済効果   農 産 物 生 産 機 能 農産物の供給 農業粗生産額     11,112
関連産業誘発機能           関連産業活動の誘発 産 業連関表 9,251
外部経済効果 国土保全機  能 洪水防止機能         洪水の被害の軽減 代替法 6,143 12,581
土壌浸食防止機能 土壌浸食被害の軽減 代替法 32
水資源かん養機能 河川流況の安定 代替法 543
大気浄化機能         大気汚染ガスの吸収 代替法 687
アメニティ機能 景観保全機能         美しい農村風景の提供 CVM 2,464
保健休養機能         休息・休憩の場の提供 CVM 1,044
生態系保全機能         野生生物生息環境の維持 CVM 641
教育・文化機能 自然教育機能         情操教育の場の提供 CVM 1,017
農業実務研修機能 農業技術研修の場の提供 代替法 10
合 計 32,944

(資料:北海道農政部「農業・農村の多面的機能の評価調査」1997年)
機構の一体化 中央のレベル○ 環境省の設置○ 関係省庁の業務の共管および調整の強化中央および地方レベル○ 政策一体化の法定化 政策一体化のための手続○ 政策形成方法の変更○ 国民の参加○ 審査、対策部会、作業部会○ 土地利用計画○ 環境影響アセスメント○ 任意協定 政策一体化のための政策措置 諮問的手段○ 農家への直接的助言○ 農家および一般国民に対するメディア等を通じての教育○ 農家自らの保全計画○ 消費者の声および選択、農産品に対する「エコマーク」の付与○ 環境指標 経済的手段○ 投入財に対する課税○ 汚染者負担原則の適用○ 休耕○ 保全に対する直接的支払○ 増産や不適切な資源利用を招くような補助金の廃止 規制的手段○ 農薬や肥料の基準設定○ 汚染の恐れのある農法の制限○ 不適切な農法の禁止○ 許可制
図1 政策一体化に当たっての国内的アプローチ
(OECDレポート「農業政策と環境政策:一体化の機会」1989年)

 

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