11月 6th, 2014

日々蓄積される自治体の矛盾

自治関連, by admin.

 間違いあるものが、誰からもその矛盾を指摘されずに社会の中で公然と運用されたり使われたりすると、それは時に既成事実となってしまう。そこに内在する表面化しない矛盾のため、常に何かがひっかかったような状態で運用される。その「ひっかかり」を何とかしようと所謂学識者と言われる人達は矛盾から目を逸らして理論を構築する。その結果、ひっかかりは無くなったように見えるが、他のところでより大きな「ひっかかり」を生む。問題は解決するどころかさらに闇の中に、迷路の中に入り込んでいくのである。

 以上は日本の自治体に関することである。そしてこのことを現す最近の出来事を以下に二点紹介する。

 石川県志賀原発で事故を想定した国の総合防災訓練が行われた。原子炉を冷やすことができなくなった想定で行われた。この時の模擬記者会見で安倍首相が住民に呼びかけたメッセージの内容が新聞に次のように記載されていた。「国や自治体の指示に従い、落ち着いて行動してほしい」と。これは一見何でもないメッセージのように思うかもしれない。しかし、よく考えてみると大きな矛盾がある。ここで指している「自治体」を安倍首相はどういうつもりで発しているのか。そしてそれを掲載する新聞記者はどのように考え、また読者はどう捉えるのか。本来「自治体」とはその自治の定める範囲に住む住民の集合体であるはず。であれば、安倍首相は「自治体の人は自治体の人の指示に従い」と実にトンチンカンな事を言っているのである。これを正しく言い直すならば次のとおりであろう。「国の指示に従い自治体の方々は落ち着いて行動してほしい」と。実質的には国の指示のもとで動く「地方公共団体」であり、自治の手続きも行っていない「自治体」は名ばかりなのである。安倍首相のメッセージは実質的に正しいが、理論的にはおかしいのである。

 次の事例。ある会議で次のようなことが資料に提示されていた。「○○があるかどうかが自治体の知的レベルの指標となると言われている」と。この会議の主催・実施地域は実際全国的にみて○○の配置率が低かった。そういう問題を指摘してのメッセージだと思われる。これを読んだ会議参加者はどのような印象を受けたであろうか。「自治体の知的レベルの指標」をそのまま正論で読みとるならば、この会議の参加者の知的レベルは低いということになるのである。しかし、会議参加者がそこまで自らのこととして捉えただろうか。恐らく会議出席者は「自治体」=「役所」として受け止め、このメッセージに対してあまり違和感を持たなかったと想像する。実は同様なことが日々起きている。「政府は各自治体に□□した」というメッセージを市民がどのように受け止めているかである。そして政府(日本国の政府)はどういうつもりで発しているのかである。

 「自治」とは自らを律して治めることである。そのためには「自」が「自」を示すものを持たなければならない。言い換えれば「自」のアイデンティティ(同一性)を持つことである。具体的には住民投票で決められた条例や憲章である。こうしたものを持って初めて「自治体」と言うべきなのである。ところが所謂有識者達はこのもっとも肝心なところに言及しない。日本の「地方公共団体」はいつのまにか「自治体」と呼ばれるようになってしまったのであるが、それを良しとしているのである。実はこんなおかしなことはないのである。今まで黒と言っていたものがいつのまにか白と呼ばれるようになったのと極端には同意なのである。

 日本において「自治体」とは「地方公共団体」のことであり「役所」のことなのである。もし「自治体」を真の「自治」する「体」にしたいのであれば、「自治体」という誤用は無くし、憲法に明記されている「地方公共団体」か一般市民に定着している「役所」を使うべきなのである。そして「自治体」と名称されるに相応しいものは、住民投票で自らのアイデンティティを「条例」や「憲章」で示した所なのである。ちなみに議員だけで決めたようなものはこれに値しない。何故ならば自らのアイデンティティは議員に委ねる種のものではないからである。

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