7月 31st, 2016

東京都知事選に見る大手マスコミの対応

メディア関連, 自治関連, by admin.

大手マスコミとは全国ネットTV局、全国紙のことを指す。
2016年7月31日、前知事の失脚による東京都知事選が行われる。

この選挙、21人の立候補者がいる。
しかし、大手マスコミは、国政で議席を持つ政党が指示するか、または、その政党に属する候補を主に取り上げ、その他はほとんど取り上げない。

いつのまにか、というよりは、都知事選が行われると決まった時から、こうした動きだ。具体的には3人に絞られた形だ。

ネット上ではここに違和感を持つ人も少なくない。「21人いるのに、何故3人ばかり取り上げる」と。もっともな話だ。

マスコミがジャーナリズムとして、その使命を果たすなら、立候補した21人を、様々な角度で取り上げるべきである。

「あんな候補を取り上げても、時間の無駄だ」
そんな声が聞こえてきそうだ。しかし、そのようにカットすることで、都知事選の現状を記録し、歴史の1つのページとして記すことができるのだろうか。どういう人が、どういう思いで立候補したのか。それが例え売名でも、私欲でも、その場限りの思いつきでもいい。そうした候補が登場する現状を捉え、次に繋げればならないはずだ。

大手マスコミは選挙の現状を完全に歪めている。
勝手に3人に絞ったといっても過言であるまい。

これに疑問を持つ市民がいる一方、ほとんどの市民の注目は「3人」になってしまっている。目の前に21人の候補の名前があったら「あっ、この人の名前は知っている」というレベルで投票するのである。

大手マスコミは「都知事選は後出しジャンケンが多い」とか報道している。しかし、先にジャンケンを出している候補もいるのである。大手マスコミは選挙を勝手に演出し、勝手に市民の責任にし、勝手に候補者の責任にする。自分たちに対する反省は「皆無」といっていい。

21人全員を取り上げないことが問題の本質ではない。大手マスコミにも「視点」がある。その視点からすれば、ある程度取り上げる候補が絞られるのは当たり前だ。問題なのは、全部の大手マスコミが同じということだ。自称公共放送局まで同様だ。真の公共放送局には到底なりえない所以がここにある。

日本の大手マスコミは護送船団である。
さらにより深刻な問題は。大手マスコミが演出したものを何の疑問も持たずに受け付ける種の市民だ。この市民が減らないようでは、日本の国立動物園化は着実に進行する。(国立動物園化については、別途記す。)

こうした大手マスコミの動きは、何故起きるのか。ここの検証はこれからだ。ひとつ言えること。もし、21人に票が分散すれば、トップの得票率が投票者数の25%を上回らない。つまり、今の公職選挙法では、都知事が決まらない可能性は多いわけだ。ところが3人に絞れば、確実に決まる。4人に絞れば微妙。5人に絞ると一気に可能性が高まる。

大手マスコミが何かの力を受け、これらを意識して動いているとしたら、これは大問題なのである。本来は、米国の大統領選ではないが、ある程度の段階を得る仕組みを、東京のような人口過密都市では行うべきなのである。または、東京に特化した選挙のあり方を作るべきなのである。ところがこれがなされない。何故か。

以上について、様々な人に考えてほしい。
大手マスコミに牛耳られているこの様は、戦時の報道のあり方とさして変わりはないのではないか。そのように考えると、この先、日本が戦争をしないという保証はどこにもないと思う。何故か。その答えがこの都知事選の報道にある。

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